⑩TMS研メルマガ一覧表

メルマガ第5号

事務所(間接)業務を工数管理しないことの恐ろしさについて(その2)

 今回の事件が起きた設計部A課は、実に3万点を超える製品群をたった3人(部長(課長兼任)、主任、担当)で管理していました。製品の設計は経済産業省が行い、メーカーは7年毎に定められた試験を行い、そのデータの提出を求められています。事件前にA課は『平成の大リストラ』によりベテランの主任(50歳)を失い、2名になっていました。ここから今回のお話を始めたいと思います。

 総務部員だった私が日曜日に出勤すると、事務所の反対側(設計部)にはいつもN部長の姿がありました。私の出身高校の先輩だったこともあり、昼食後に話をすることがありました。後輩の気安さで「Nさんはいつも日曜日に会社にいらっしゃいますけど、①よほど仕事に追われている②何か家庭にいられない事情がある、のどちらが理由ですか?」と軽口をたたくと「ウ~ム、実は女房と……って、お前は何を言わせるんだ!!」などと応えてくれたものでした。

 その後、前述の『平成の大リストラ』が断行され、A課も3人から2人に減らされました。他の部署はいざ知らず、この人員削減は、本来5人でやるべき仕事を残業と休日出勤でなんとか3人でこなしていたA課に大きなダメージを与えました。どうやっても仕事が片付かなくなったのです。

 これまで50代半ばにも関わらず連日深夜まで残業、土曜は親の介護、日曜・祝日は出勤していた鉄人N部長もこれには堪らず、親会社から1人前の技術員を出向させてくれるよう管掌役員(親会社出身)に懇願しました。しかし、翌年A課に配属になったのは高専卒の新人でした。話が違う、となおも懇願するN部長でしたが、翌年配属になったのは学卒1名、短大卒1名でした。

 明くる年の元旦に私が出社すると、新年そうそうN部長も出社していました。「明けましておめでとうございます。今年も何もいいことはないと思いますが、よろしくお願いします(苦笑)」「ははは、本当だな。二人ともよく身体が持っているよなぁ。しかしよぉ、つのさん、おれも新人3人押し付けられて、本当に参ったよ。もう限界だよ。平日の定時内は全部奴らの教育に時間を取られて、自分の仕事が全然できないんだょ…」とぼやかれました。

 その後も私とN部長は順調に「社畜道」を邁進し、早出・残業・休日出勤のフルコースを満喫する日々を送っていました。しかしそんな日常も、ある日突然終わりを告げたのです。

 年の瀬も近い12月27日の朝から、工場長(常務取締役生産本部長)の部屋に工場幹部が集まり、ただ事ならぬ雰囲気を漂わせています。製品の試験成績書を取り寄せた顧客が7年前とデータが同一であることに不信感を持ち、監督省庁の経産省に通報したことにより、N部長が虚偽のデータを経産省に提出したことが発覚したのです!!

 即刻同省に出頭した工場長を待っていたのは「無期限出荷停止」という重い処分でした。メーカーにとっては事実上の死刑宣告です。その際にお役人から「何でこんなことをしたんですか?御社にとってビタ一文の得にもならないでしょう?」と言われたそうですが、この言葉こそこの事件の特徴を表す一言でした。N部長が虚偽のデータを提出したのは、ベテランの主任を奪われ、なおかつ新人3人のお守りをさせられた彼には、定められた試験を行う工数(時間と人手)がどこを探しても捻出できなかったからなのです。

 出荷停止を解除するには再発防止を担保するシステム構築しかない、と判断した工場長は親会社の工場・本社に日参しますがこれと言った手法は見つかりませんでした。途方に暮れた工場長が思い出したのが、総務から異動しISO9001事務局になっていた私がかねてよりその必要性を訴えていた間接業務の「見える化」手法でした。

 工場長室に呼ばれた私は30分でAIOS(オールインワンシート)について説明、これで行くと即決した工場長は午後一番に臨時部課長会を招集し、各課毎にAIOSの作成を命じました。

 一週間後、各課が突貫作業で完成させたAIOS十数枚を持参して再び経産省の門をくぐった工場長に対し、お役人は「よく短期間でこれを作成しましたね。これなら今回のような不祥事は二度と起きないでしょう。製品の出荷再開を認めます。」と言ってくれたそうです。

 これにて一件落着、と言いたいところですが、その後当事件の当事者であるN部長(当時自宅謹慎中)への「処分」は実に厳しいものでした。N部長は定年まであと半年でしたが、①懲戒解雇②退職金なし、と正しく「会社追放」ともいうべき処分でした。長年会社に滅私奉公したN部長へのこの仕打ちに、奥様や娘さんがどのように感じられたか考えると今でも胸が痛みます。

 その後親会社主導の下、半年間かけて出したこの事件の発生原因は「N部長の設計者特有のプライドの高さと偏狭な性格によるもの」というひどいものでした。私はこの報告書を読んだとき、全身の血がすっと引いたのを覚えています。「怒り」を通り越した非常に冷めた感情が、私を包んだ記憶があります。

 さて、今回の事件で会社が失ったものは次のとおりです。

  1. 一週間の出荷停止による営業損失 
  2. 官報(ネット上で5年間公開)による社会的信用およびブランドイメージ低下
  3. 発生原因追及に要した莫大な工数
  4. N部長本人

 それ以外にも間接的に失ったものとして、長年会社に滅私奉公したN部長の処分を見て、私を含む多くの社員のモチベーションと愛社精神が大きく低下したことを指摘しなければなりません。こちらの方が長期的に見ると大きな損失だったのではないでしょうか?

 以上、事件発生までの経緯と概要、その後の顛末等について書いてきました。そこで皆さんに質問です。この事件発生の真の原因は一体なんだと思いますか?

 私は、個々の業務に必要な工数を算出し、設計部A課の業務遂行に必要な総工数を明確にしておかなかったことこそ真の原因と考えます。そうしておけば『平成の大リストラ』時に①ベテランの主任を守れた②すぐに技術員が補充された、のいずれかにより、このような前代未聞の不祥事は起きなかったことでしょう。返す返すも残念でなりません。

 私が3年前からセミナー講師やコンサルティングをさせていただいているのも、日本中の事務所内で似たような問題で悩み、苦しみ、家庭(私)生活を犠牲にし、心身の健康を損ねている方々に、私の開発した手法がお役立てるのではないか?と思ったからなのです。

 最後にエピソードを一つ紹介して、今回の事例紹介を終わります。

 いつまでたっても一人前の技術員が補充されないことに強い不満を持っていたN部長は、ISO9001の監査時に監査員にその思いをぶちまけました。それに対する監査員の回答は次のようなものでした。「部長さん、お気持ちは十分分かりますよ。でもね、私があなたの上司だったとしても今の説明では技術員の補充を行わないでしょう。その理由は2つあります。一つは私の経験上、管理職の方はほぼ全員がスタッフ不足を訴えてくるので、全部聞いていたら会社がおかしくなってしまう。そしてもう一つが重要です。今の部長さんの説明には1つも数字が出てきませんでした。この不況の時代にスタッフを増やしてもらおうと真剣に考えているのなら、管掌役員を納得させる数値データが絶対に必要です。役員は御社の株主に対し、説明する義務があるのですから」

 皆さんの会社(部署)では、現在の従業員(スタッフ)数の妥当性を第三者に証明できるデータをお持ちですか?

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