⑩TMS研メルマガ一覧表

メルマガ第74号

あなたは社内で「飼い殺し」になっていませんか?

  『日本人の勝算(東洋経済新報社刊、1,500円(税別))』の著者、デービッド・アトキンソン氏の名前は10年ほど前から存じ上げておりました。1965年(私と同い年)イギリス生まれ、オックスフォード大学で日本学を専攻後、ゴールドマン・サックス社で金融調査室長として活躍後、マネーゲームを達観するに至り、国宝や重要文化財修復を手掛ける小西美術工藝社に転じ、現在では同社社長をされている方です。在日年数は30年に至ります。

 同氏の経歴を見て感じるのは、やはりイギリス人だなぁ、ということです。上記の「マネーゲームを達観するに至り」という点が、アメリカ人との違いのように思います。歴史ある国に生まれないと、歴史の価値は分からないのでしょう。

 大学で日本学を専攻し、投資会社時代も日本の不良債権の実態を研究、その後創立300年を超える老舗の経営トップとなった同氏は、単に日本のスペシャリストだというだけではなく、その著作や言動から日本に対する愛情を感じます。だからこそ、日本企業の経営者というインサイダーの道を選択されたのでしょう。

  しかし、生き馬の目を抜く投資会社で鍛えられたデータ分析能力を元にした日本への提言は、舌鋒鋭く我々に選択を迫ります。膨大な数値データを元にしているため説得力が強く、我々に反論の余地を与えません。

  まだ同書をお読みでない方のために、同書の概要を目次より列記します。

①人口減少を直視せよ ~ 今という「最後のチャンス」を逃すな
②資本主義をアップデートせよ ~ 「高付加価値・高所得経済」への転換
③海外市場を目指せ ~ 日本は輸出できる物の宝庫だ
④企業規模を拡大せよ ~ 「日本人の底力」は大企業でこそ生きる
⑤最低賃金を引き上げよ ~「正当な評価」は人を動かす
⑥生産性を高めよ ~日本は「賃上げショック」で生まれ変わる
⑦人財育成トレーニングを強制せよ ~「大人の学び」は制度で増やせる

 

 以下、上記の概要に対して、私の意見・感想を述べます。あわせて、ぜひ見ていただきたい統計グラフをご紹介します。

人口減少を直視せよ

 小室淑江さんの『働き方改革』にもある通り、日本は人口減少を防ぐ最後のチャンスを逸しました。『団塊ジュニア世代』の子育て支援策こそ少子高齢化を防ぐ最後の砦だったのですが、もはや手遅れです。今後この国は史上例のない人口減少+高齢化を経験することとなります(P24 【極端に大きい日本の人口減少】参照)。長年に亘る『一人っ子政策』により少子高齢化が懸念される中国ですら今後40年間の人口増減率が-9.0%なのに対し、日本のそれはなんと-32.1%です。この現実から目を背けては、有効な対策は立案できません。

  統計データではピンとこない方は、お近くの小学校の運動会にでも出かけてみてください。「えっ~~」というくらい子供の数が少ないことに気付くはずです。高齢化の実態は、通勤時間を過ぎた平日の昼間に電車に乗るとよく分かります。先日上京した際、11:00過ぎにJR中央線の快速電車に乗ったとき、「これは走る老人ホームでは?」と感じたものです。この状況が今後加速して継続するのが、この国の近未来予想です。

資本主義をアップデートせよ

  同氏の分析では、戦後日本の驚異の経済成長の原因は「人口が増えたから」だそうです。「いいものをより安く」という経営戦略は、人口増加社会でしか通用しません。これからは売上至上主義から利益至上主義に転換する必要があります。将棋だって自軍が優勢な時と劣勢な時では指し方が違います。劣勢時に優勢時の指し方をしていれば、確実に負けます。そもそも「現状が劣勢である」という自覚もないのでは勝負以前の問題です。

 また同氏は日本のアメリカ偏重主義に警鐘を鳴らしています。アメリカはまだまだ若い国であり、増え続ける人口と広大な国土、豊富な天然資源等、日本とはまったく経済環境が異なります。アメリカより日本に状況が似ているイギリスを参考にせよ、という同氏の主張はまったく同感です。ロットを纏めてドカンと作るダンゴ生産が正しい部材メーカーなのに、当時流行していたトヨタ生産方式(同期生産)を無批判に導入し、その後吸収合併により消えた親会社(12,000人規模)を思い出します。

海外市場を目指せ

 若い読者の方は英会話を勉強してください。三年間必死にやればなんとかなります。今は安くていい勉強法がいくらでもあります。日本の未来は海外市場にしかありません。しかし海外で活躍できるような英語力を持った人材が少なすぎます。未婚の方は、国際結婚もお勧めです。日本文化の優れている点・弱い点が、日々認識できます。経験者(私)が言うのですから、間違いありません。

 ④企業規模を拡大せよ

  P122【生産性と20人未満の企業に勤める人の割合】のグラフを見ると、日本には異常といえるほど小さな企業が多いことが分かります。またそのことこそ日本の生産性が低い原因だと同氏は言います。膨大な設備投資と研究投資を強いられる鉄鋼業界では、新日鉄と住友金属の合併等さらなる寡占化が進められています。それに比べ全体の97%を占める中小零細企業では、親会社・金融機関の命令や企業買収以外に、積極的に会社合併による経営規模拡大がなされている様子が見受けられません。

  会社を大きくするメリットで大きなものは、間接部門(総務・経理等)従事者の相対比率減少が挙げられます。私は会社合併を経験した総務部員だったためよく分かるのですが、従業員数が倍になっても総務部(経理部も同様)の仕事量は倍にはなりません。会社規模を拡張すると総人件費における間接部門の割合が減少し、利益率向上に寄与するということです。

最低賃金を引き上げよ 
生産性を高めよ

  P189【各国の最低賃金】の表を見ると、日本の最低賃金が先進国中ダントツで低く、はっきり言って発展途上国レベルであることが分かります。今揉めている韓国より下です。安い人経費のままでは経営者が生産性向上に真剣に取り組まないので、同氏はショック療法として最低賃金引き上げを提言しています。P169【最低賃金と生産性には強い相関がある】のグラフが同氏の提言の根拠です。

人財育成トレーニングを強制せよ

 日本政府が学生の教育に使う予算は先進国中ダントツ最下位ですから、成人教育の貧弱さは説明の要もありません。私が前職(従業員数 : 700人)で月1回社外セミナーを受講していたところ、総務の教育担当が私の上司のところに来て「角川さん一人で全社の教育費算の半分を使っています。社外セミナー受講を止めさせてください」とクレームがあり、この会社の教育費の貧弱さに上司共々あきれことがありました。

 高齢化が続くこれからは、生涯に3回高等教育を受けスキルのアップデートが必須と言われています。部課長が学生時代に得た知識は2~30年前の物です。そんな大昔の知識で、昨今の厳しい経営環境下を生き残れると思いますか?

 P298【研修参加率と生産性の関係】のグラフは、「教育に金を掛ければ生産性が上がる」、逆に言うと「教育に金を掛けないと生産性が上がらない → 会社がつぶれる」という事実を私たちに教えてくれます。

 さてここまで長々とお付き合いいただきありがとうございました。いよいよ決論に入ります。私がこの本で一番注目しているのは、次の2つの表です。

  1. P80 【OECD諸国の「人材の質」ランキング】
  2. P86 【労働者の生産性(労働者1人あたりGDP)ランキング】

 上記②は日本生産性本部が毎年報告していますし、私もセミナー席上でよく紹介しています(世界第29位で先進国中最下位)。この表と①を対照すると、日本という国の弱点がはっきりします。①によると日本の「人材の質」は世界第4位です。日本より上位の3ヵ国はフィンランド、ノルウェー、スイスといずれも人口が500~700万人の小国ばかりです。大国と言える国の中ではドイツが11位にようやくランクインしています。
1億2,000万人もの人口で世界第4位というのは、日本がいかにすごいことか分かります。

 世界トップレベルの「人材の質」を誇るわが日本ですが、その生産性たるや第29位の体たらくです。カレーライスに例えると、最高の食材(肉・野菜・調味料)を使用しているのに、この国ではなぜかしらまずいカレーしか製造できない、ということです。読者の皆さんは、この事態をどう説明されますか?

 角川説は「組織マネジメントシステムが普及していないから」です。同書内でアトキンソン氏は日本企業の経営者の資質不足を主原因とされていますが、角川説は若干異なります。日本企業は外資企業に比べて、管理職の機能が貧弱です。理由は簡単です。部課長研修の内容が貧弱な上に、『組織マネジメントシステム(OMS)』という鉄砲すら持たせずに戦場に送り込んでいるからです。私は日本の部課長に心底同情しています。

 世界トップクラスの人財を有しながら、日本が発展途上国並みの生産性しか上げられない最大の理由は、組織マネジメントシステムの不在により優秀な社員がその能力を発揮できず「飼い殺し」状態にあるからに他なりません。

 あなたは社内で「飼い殺し」になっていませんか?

Sitemap

Contact us

お気軽にお問い合わせください。
PAGE TOP
PAGE TOP