父方の祖母は92歳まで生きましたが、脳溢血で半身不随となった老後はずっと入院生活でした。群馬県の山中にある病院はアクセスが悪く、見舞いに行く子供・孫も少なく、祖母からの要請に私一人で訪ねたことがありました。その際に聞いた昔話をご紹介します。
「実母が早死にし、継母には散々いじめられたもんだ」 「習字の練習をしていて半紙がなくなり「買ってくれ」と言ったら「まだここに書けるだろ?」と余白を指さすから、悔しくて半紙を真っ黒に塗ってもう一度持ってったんだよ。そしたらなんて言ったと思う?」 「お前は墨でしか書けないと思っているのか?半紙が真っ黒になったんなら、今度は筆に水をつけて書いたらいいだろう!! 頭を使え、頭を」
「それを聞き、さすがに開いた口がふさがらなくてね…」 「当時は継母を恨んだもんだよ」 「でもこの年になると「敵ながらあっぱれ」という気持ちになってきて、今じゃ感心している始末だよ(苦笑)」
父の実家 (飛騨の高山)は製糸工場を営んでいたのですが、1931年の満州事変勃発後に派遣されたリットン調査団による「明確な侵略行為」との報告により、経済制裁として当時日本の主要輸出品だった生糸の輸入が止められました。その結果、生糸相場が暴落し、製糸業が壊滅的打撃を受けた時のことです。高山市の製糸業者が父の実家に集まり相談するのですが、三日三晩経っても危機を打開する妙案が生まれません。
客間に何回も飲み物や食事を運んでいた祖母はしびれを切らし、彼らにこう言いました。「いつまで繭(まゆ)から糸を作ることを考えているんだ!! 糸が暴落して繭より値段が下がったなら、糸から繭を作ることを考えられないのか!!」
「おばあちゃん、えらいことを言ったもんだね…それで何ともなかったの?」「こりゃぁとんでもない嫁だってんで、男衆たちから袋叩きにあったよ(苦笑)」「それでもあたしは、すっかり覇気を失っている男衆に一言言ってやりたかったのさ!!」 どうです、この明治女の心意気!!
祖母の語る2つの話を聞くうち、私は共通点に気づきました。「逆転の発想」です。「おばあちゃん、ひょっとして「糸から繭を作る」っていう発想は、「真っ黒になった半紙に水で字を書け!!」って言った継母の発想に影響を受けたんじゃない?」
それまで饒舌だった祖母は押し黙り、ポカンとした顔で私を見つめています。しばしの沈黙の後、こう言いました。「真也に言われるまで、あたしゃ全然気づかなかったよ…」 「そう言われればその通りかもしれないねぇ…」 「あの世に行ったら、継母に報告してやるかね(笑)」
それから数十年が過ぎ、私が前職である電線メーカーで働いていた時の話です。電線の主原料である銅はロンドンの取引所 (LME) で値段が決まり、時折相場が高騰することがあります。当時1年間でなんと3倍になり、製品価格への転嫁を認めてくれない顧客の対策に苦慮していた工場幹部に工場長がこう言いました。
「お前たち、いつまで銅から電線を作ることを考えているんだ!!」 「今や製品である電線より、原料の竿銅の方が高いんだぞ」 「製品倉庫に山積みになっている電線を溶かして、竿銅を作ることでも考えたらどうなんだ!!」
『逆転の発想』による事例を3つご紹介しましたが、皆さんはどのように思われましたか? 「なんだ、与太話じゃね~か」と思った方は、頭が固いですね。絶体絶命の危機的状況で、既存の常識をご破算にした『逆転の発想』を思いつくには柔軟な思考力、それを口にするのは胆力、実行に移すには強い意志力が必要です。普通の人にはなかなか出来ません。
前職で私が5S活動を立ち上げた際に、一番悩んだのは「ムダ」の定義でした。5Sのファーストステップ「整理」の意味は、一言でいうと「物量の最小化」です。その実現手段は①必要なものと不必要なものに分け ②不必要のものを処分する、なのですが「不必要のもの=ムダ」の定義がはっきりしないことには、5S活動はいきなり頓挫してしまいます。誰の目から見ても納得できるシンプルな「ムダの定義」は5S成功のポイントなのです。
1年間で5Sセミナーを8つ受講し、5S本を30冊読んだ私の作成した5Sマニュアルでは「ムダの定義」は「必要なもの以外すべて」となっています。今度は「必要なものの定義」が必要となるわけですが、こちらもTMS研流は極めてシンプルです。①いつも使ってるもの ②使用頻度は低くても他のもので代替えが効かないもの、です。
だまされたと思って、ご自身の服を整理してみてください。「着られないもの」だけでなく「着られるけど着ないもの」「自分の趣味ではないもの」「ただなんとなく保管していたもの」等が一掃され、残るのは①普段着 ②スーツ ③礼服だけとなり、クローゼットやタンスがすっきりしますよ。
TMS研流5Sの特長は次の3点です。
上記3つの特長の中で、私が一番強調したいのが③です。15~20年前に一世を風靡したトヨタ生産方式(TPS)流5Sは「ムダの定義(「トヨタ流7つのムダ)」にこだわったため、事務所で展開した事業所は惨憺たる成果に終わりました。私が間接業務の5Sに着手した際、どこから聞きつけたのか、親会社の5S事務局の方が来てこう言いました。
「部長の私がコンサルつきで展開したって、見事に失敗しました。全社員を敵に回し、脳裏に「退職」の二文字がよぎるくらい追い詰められたものです」 「まして担当者である角川さんが自力で推進するなんて、はっきり言って自殺行為です!!」 「私と同じ思いをさせたくありません。悪いこと言わないから事務所の5Sは諦めなさい!!」
読者の皆さんなら、この忠告に対して私がどう反応したか薄々おわかりでしょう(笑)。親会社の役員や、自社の工場長の言うことさえ聞かない特殊社員(?)の私です。お気持ちだけありがたく頂戴し、無視しました。そして自ら退路を断って臨んだ事務所5S活動は、従業員アンケート → 部署横断の職場快適化サークル結成、というプロセスを経て、大成功に終わりました。何より派遣社員の皆さんに喜ばれ、その定着率が改善したことが私の誇りです。
人間の頭は怠け者です。一度思考パターンが確立すると、そのフレームワークですべてを解決しようとします。その思考パターンが旧式化した時、親子ほど年の離れた若い社員から「昭和の遺物」「バブル世代の生き残り」「会社の扶養家族」「ポンコツベテラン社員」等々の称号を与えられてしまいます。脳に汗をかき、自分自身の頭で考える習慣を身に着けない限り、AIに取って代わられるのは時間の問題です。
あなたは「逆転の発想」ができますか?